ウシの動物学 アニマルサイエンス2  


ウシの動物学 (アニマルサイエンス)
【タイトル】  ウシの動物学 はてな年間100冊読書クラブ−No.045  
【著者】    遠藤秀紀
【出版社】   東京大学出版会
【発行年月日】 2001年7月10日
【版型 頁数】 A5版 197頁
【版 刷】   初版1刷
【ISBN】    4130740121
【価格】    3360円
【コメント】
本書は、産業動物の基礎動物学に関する解説シリーズとして企画された、東京大学出版会のアニマルサイエンスシリーズ*1の第2巻として刊行された。通常はウシやその他の家畜・産業動物に関する書物では、基礎の概略の後に応用、つまり乳牛・肉牛の実際という形が主体で構成される場合が多い。本書は『ウシ学』としてウシの動物学に関しての基礎事項のみをまとめた本であり、そういう意味で画期的な書物である。著者は国立科学博物館研究官*2、比較解剖学専攻。上野動物園のパンダが死んだ際にその解剖を行ったことで知られる現役バリバリの研究者である。
比較的身近にありながら、食料としての牛肉や牛乳・乳製品のみに関心が払われ、一般人にはあまりその生理や生態が知られていない“ウシ”についてもっと詳しく知りたいと思い購入した。なおその他の4巻も順次この読書禄で紹介したいと思っている。
第1章ではプロロ-グとして著者のウシに対する想い、ウシの現在が語られ、第2章ではウシの体の仕組み、動物学的・解剖学的特徴が解説される。このあたり解剖学の専門家ならではの記述である。第3章ではウシの最もウシらしい特徴、反芻胃*3についての解説である。ほぼ完全な草食性のウシが、一度飲み込んだ植物などの餌を口に戻し、再度噛むことによりより細かくし(反芻)、胃内に共生する微生物が食べやすくしてやる。その結果微生物が胃内で大量に増殖し、これを今度はウシが消化し栄養にするという極めて巧妙で、効率的なシステムである。その結果大変に栄養価の低い植物の茎、葉などを有効に利用できるという生物学的特性を獲得できたのである。また産業動物としてのウシが成立できた元もとの要因は、この反芻という生理的特性であるといえるのである。第4章では現在飼育されているウシの品種や産業上の特徴、病気などが解説される。本文にある通り、“食品工場”さながらのウシの生理というのも生々しく、ここは感謝感謝の連続である。第5章はウシの進化、未来についての論考であり、結局食糧問題の一端としてのウシの利用、ウシの科学が語られる。巻末の参考文献も豊富で、より進んで勉強したい向きには大変便利な文献案内になっている。
以上、最初にも述べたが、基礎項目だけを記述した『ウシ学』の本として、本書は大変にユニークである。動物、特に身近な動物についてもっと詳しく知りたいと思っている向きには有用で面白い本であると思う。
私はさる地方都市のはずれにある片田舎の育ちなので、小学生頃までは家の周りに牛舎や放牧場、豚舎、養鶏場などがいくつもあった。母親の実家が半農半酪で乳牛*4を30頭ばかり飼っていたし、私の家では農耕用の赤牛*5が1頭いた。だからウシというのは家イヌや家ネコと同じくらい身近な存在であった。そういう事情でウシにはそれなりの近親感があるし、実は仕事でも一時期、8年ほどか、ウシに関係する仕事をしていた。今回こういう本を読んでみてなかなかに面白く、また何というか幾らかノスタルジックな気持ちに浸っている。“動物学の専門書”を読んでノスタルジックというのも妙だが、実際不思議な感じがしている。できればこういった動物達に囲まれて生活できればいいなとも思っている。さて今後の私の暮らしがどうなるのか、わからないがまあ慌てず将来を睨んでいこうと思っている。
【目次】
刊行にあたって
第1章 究極の反芻獣―哺乳類のウシ・家畜のウシ ・・・ 1
1-1 牛たちの肖像画(1) / 1-2 大地の覇者(6) / ウシの絶滅(15) / 1-4 家畜ウシの繁栄(19) / 1-5 いまのウシの常識(23)
第2章 生きるためのかたち−ウシの解剖学 ・・・ 31
2-1 食べるためのかたち−舌・歯・顎(31) / 2-2 逃げるためのかたち−眼・足・角(44) / 2-3 殖えるためのかたち−子宮・卵巣・乳腺(57)
第3章 もう1つの生態系−ウシの胃 ・・・ 73
3-1 反芻胃の構造(73) / 3-2 微生物を食べる動物(96) / 3-3 胃から腸管へ(106)
第4章 家畜としての今昔−ウシの生涯 ・・・ 111
4-1 品種−ウシたちの生き様(111) / 4-2 ミルクと食肉の工場−究極の牛たち(122) / 4-3 品種を残す力・捨てる力(131) / 4-4 病(やまい)−ウシたちの死にざま141) / 4-5 現代病−いまのウシの生き恥(147)
第5章 これからのウシ学−ウシを知りウシを飼う ・・・ 153
5-1 ウシと新しいサイエンス(153) / 5-2 五大陸のウシたち(159) / 5-3 進化史におけるウシの将来(161) / 5-4 ウシから見た地球(163)
あとがき ・・・ 169
引用文献 ・・・ 173
事項索引 ・・・ 193
生物名索引 ・・・ 196
ウマの動物学 (アニマルサイエンス) イヌの動物学 (アニマルサイエンス) ブタの動物学 (アニマルサイエンス) ニワトリの動物学 (アニマルサイエンス)

*1:他にブタ、ウマ、ニワトリ、イヌの計4巻が刊行済み

*2:当時、現在は京都大学霊長類研究所教授

*3:このような複数個の胃を持つ動物群を反芻動物という。他にはヒツジ、ヤギ、シカ類、ラクダなどが含まれる。ウシの場合4つの胃を持っている。

*4:ホルスタイン種、乳量が最も多い品種でオランダが原産。我国の場合、国産の乳用牛は殆どがこの品種であり、また肉用牛も多くは雄のホルスタイン種である。肉用としては他に黒毛和種日本短角種などがいる。

*5:褐毛和種という品種、日本が原産で昔は農耕用、現在は肉用牛として本州以南で飼育されている。