人体 失敗の進化史  


人体 失敗の進化史 (光文社新書)
【タイトル】  人体 失敗の進化史  はてな年間100冊読書クラブーNo.051  
【著者】    遠藤秀紀
【出版社】   光文社(光文社新書258)
【発行年月日】 2006年6月30日
【版型 頁数】 新書版 251頁
【版 刷】   初版1刷
【ISBN】    433403358X
【価格】    777円
【コメント】
本書の著者は、京都大学霊長類研究所教授、比較解剖学専攻、獣医学博士、獣医師。先に紹介した『解剖男』・講談社現代新書、『ウシの動物学』・東京大学出版会など著作も多数ある。本書は、約5億年前の多細胞生物の出現から、今日のヒトに至る進化、即ち生物学的形質*1の変化の歴史について、主に形態・体の構造の面について比較解剖学の考え方から解説した本である。昨日にアップロードした大塚則久・『恐竜ホネホネ学』・NHKブックスと同じような方法論・考え方による今、最もホットな生物学研究領域の啓蒙書であると言える。
第一章はトリの肩の骨とヒトの肩の骨の比較から始まる。空を飛ぶトリと木に登るサルから派生したヒトでは最重要の役割を果たす骨の種類が異なっていることが示される。更にその後、心臓の位置について、脊椎動物の原型であると考えられている「ナメクジウオ」から魚類を経てヒトに至るまで変わっていないことが実証される。要は生活環境が違うため基本設計が変わってしまう場合と、変更されず維持したまま進化が進む場合の例が示される。
第二章では進化の過程での大きなターニングポイントについてその例が示されている。“骨を生み出す”は脊椎動物の誕生を,“音を聴き、ものを噛む”は耳の発生、口の発達を、“四肢を手に入れる”は両生類の誕生を、“臍の始まり”は哺乳類の誕生を語っているのである。
さてこのように進化してきた哺乳類から、第三章ではヒトの誕生が説明されるわけである。二足歩行、手の発達、脳の発達などなど・・・・・・。このあたりは進化の本さながらではあるが、本書においてはあくまで比較解剖学的な考察が主体であり切り口である。その辺が他所に無いユニークな点であると言えよう。終章では著者にとっての動物園の位置付けについて多くが語られる。まあ材料としての“動物遺体”の提供先としては動物園が最も著者にとって重要だろうし、その辺の位置付けを高く置かないといけないのは理解できる。
さて全体としての印象であるが、これまで生物進化の全体像を語る著者は古生物学、古脊椎動物学の専門家が多かったので、ここまで細かな解剖学的考察で構成される一般向けの進化の本は無かったように思う。本書における記述は、古生物学的ではなく、むしろ生物系統学・系統分類学に近い内容、考え方であろうと思われる。そういう意味では大変にユニークで面白い試みだったといえるだろう。
私が大変気になった点が2つある。1つはタイトルや小見出しに用いられている言葉である。どうも奇をてらいすぎた感があり、仰々し過ぎる。このあたりは編集者の意図というものもあるのだろうか?読者の受け狙いと言う感じがするし、私には好ましいことではないと感じられる点だった。例えば、付属の帯にある謳い文句、「ご先祖様が予測しなかった私たちの生き方」と言うフレーズ。そもそも生物の進化がどの様に進むのかなど前もって予測できないし、試作品が全て成功するなどということも無い。要するに現代進化学*2で言うところの、①自然淘汰と②遺伝的浮動が主体の進化を想定しての説明で十分理解できることだ。*3当たり前だが、新しく設計したパーツ類、システム類は失敗の連続で、これまで試作したパーツの殆どは絶滅という形で消えていったのである。こういった記述が多々見られる。
第2の点は著者の文体である。どうも“文学的”な表現を好んで多用する傾向にあるようで、科学の啓蒙書にふさわしくないような表現が気になる。著者の好みと言うか、そこまで読者がどうこういう問題ではないだろうと言われそうだが・・・・・・。私にはこれらの表現が奇異に感じられたし、残念ながら本書は、「文学作品」には成り得ていないように思われる。
以上いろいろ勝手なことを書いたが、“解剖学から見た進化”という新しい試みに挑戦された著者に敬意を表するとともに、著者の更なる研究の発展を祈念する次第である。


【目次】
まえがき ・・・ 3
序章 主役はあなた自身 ・・・ 11 
 私の仕事 / いま、何をすべきか / 闘いの始まり / 出会いのシーン / 最高の場
第一章 身体の設計図 ・・・ 25
 1・1 肩の骨の履歴 ・・・ 25 / 1・2 ハートの歴史 ・・・ 40
第二章 設計変更の繰り返し ・・・ 49
 2・1 5億年の戸惑い ・・・ 49 / 2・2 骨を生み出す ・・・ 55 / 2・3 音を聴き、ものを噛む ・・・ 60 / 2・4 四肢を手に入れる ・・・ 80 / 2・5 臍の始まり ・・・ 91 / 2・6 空気を吸うために ・・・ 99 / 2・7 大空を掌中に ・・・ 109
第三章 前代未聞の改造品 ・・・ 125
 3・1 二本足の動物 ・・・ 125 / 3・2 二足歩行を実現する ・・・ 141 / 3・3 器用な手 ・・・ 166 / 3・4 巨大な脳 ・・・ 172 / 3・5 女性の誕生 ・・・ 185
終章 知の宝庫 ・・・ 221
遺体こそが語る / 動物園とともに / 動物園は科学の主役 / 遺体がつなぐ動物園と私 / 文化を壊す拝金主義 / 遺体科学事始め / 市民と文化の未来 
あとがき ・・・ 245
【参考文献】 ・・・ 251

*1:この形質には、形態だけでなく制御システムとしての機能的な形質も含んでいる。

*2:主流は総合学説という名称で呼ばれることが多い。また社会生物学派、ネオダーウィニズムとも呼ぶことがある。但しこの一派に賛同しない研究者も多く、今大論争の最中にある。このあたりについては別に日を改めて書きたいと思っている。

*3:但し、この2つの理論だけで進化を説明しきれないことも多く、新しい進化の理論が模索されているのも事実である。